備忘録

ただの日記になると思います

選べなかったんじゃなくて選ばなかった青春のこと

お題「気になる番組」

 

ずっと気になっていた「氷菓」というアニメを一気見。

普段アニメを完走できることがあまり多くない(思い返してみたけどぱっと思いつくもの10作もないかもしれない)けど、これは凄かった。

丸一日かけて2クール分全部見た。

ちなみに原作は1作目だけ読んでいて(たぶん)、アニメの絵柄から想像していたのとはだいぶ違う、淡々とした語り口にびっくりした記憶がある。

TVアニメ「氷菓」京アニサイト | 京都アニメーション

 

勉強とか部活とか友達とか恋愛とか家族とか、えるちゃんの場合は土地とのつながりとか、そういういろんな要素が淡い色で塗り重ねられたみたいな作品だった。

タイミングやひとによって色味に濃淡があって、体重の掛け方が違って、でも混ざり合っているから単色で抽出することはできなくて、そういう時代なんだろう、青春って。

 

なんだかいろんなところが痛くなって切なくなって、でも観るのをやめることができなかった。

なんでかなぁ。

先はもちろん気になったけど、彼らと自分の共通点をひとつぐらい見つけたかったのかもしれない。

見つからなかったけど。

 

ただ、福ちゃんこと福部くんの言葉には共感してしまったな。

「こだわる自分でいたくない。こだわらないことにこだわりたい」っていう、最終話直前のあの台詞。

めちゃくちゃわかる。

なにかに執着して自分が自分でなくなるのも、大切にしていたものを失って前後不覚になるのも怖い。

ついでに言うなら、大切だったはずのものを失っても平然としているかもしれない自分もとてもいや。

ならば最初から、何にもこだわらない、どこにも重心を置かずに(だから福ちゃんはあんなに部活やら委員会やら掛け持ちしているのかしら)生きていく方がよほど楽、と思ってしまっていたし、たぶんいまも思っている。

独占したくない、されたくない、も自由がどうとかじゃなくて、いろんなものを背負うのが怖いだけなんだよな、実は。

それでもどうやら「だれか」にこだわることにしたらしい福ちゃん、素直にかっこいいと思ってしまった。

 

奉太郎は無気力で省エネを気取っているけど、実は情の人だよなぁ。

面倒だから、これ以上長引かせたくないから、が行動原理のようだけど、ならば最初から何もしなければいいのに。

「面倒だから」のまえに「誰かが悲しんだら、苦しんだら、怒ったら」が絶対につく人だ。

変な正義を振りかざすよりもよっぽど誠実。

頭の回転が早すぎてときに残酷に見えるところに、年相応の幼さが見え隠れして、そこもまた愛おしい。

 

えると摩耶花はとてもとても眩しかったなぁ。

(たいていの場合は)素直に好奇心や喜びや怒りを表出できるところ、本当に素敵。

あれができるのはちゃんと受け止めて、もしくは受け流してくれる人がいるからで、それは彼女たちがいつも誠実に生きているからで、そこに存在する確固たる信頼関係がわたしはとても羨ましくなってしまった。

 

 

羨ましいんだな、心から。

運動部に所属して華々しい活躍をしたかったわけでもないし、容姿端麗な学園のマドンナになりたかったわけでもないし、引く手数多の頭脳を持ち合わせたかったわけでもないけど、自分の居場所はほしかった。

そこにいけば気心知れただれかがいて、別にいかなくてもいいんだけど、それなりに気にはされて。

何かやってみよう、というときには自然に集まって、だけど集まらなくても特に気にしなくて。

ある程度遠慮なくコミュニケーションが取れて、でも心地の良い距離感を(最終回に近づくにつれて、それは壊れつつ、もしくは新しく生まれつつあったけど)保つことができて。

いずれその場所がじぶんたちのものではなくなっても、場所を変えて顔を合わせることができると無邪気に信じられるような、そういう居場所がほしかった。

 

忙しい習い事もしていたし、家の方針もあったし、そういう生活をしてみたい、と思ったこともないような、興味のないような振りをしていたんだろうな、当時の自分は。

いまの自分がこういうスタンスで生きているのは、その頃染み付いた性質みたいなものなのか、それともそれが素になってしまったのかは今となってはわからないけど。

選ぼうとしてがむしゃらに行動することも、選ぼうとしていることを表明することもできたはずなのに、そもそもしなかった。

面倒だったのか、自信がなかったのか、プライドなのか。

ぜんぶかな、という気もする。

 

あとになって何の役に立つのかわからない、そんな時間を無為にすごしたり、その場所その瞬間が世界の中心で全てだと思ったり、かっこ悪くてもいいから全力疾走しているような、そんな青春を送ってみればよかったなぁ、と今になって思ってしまった。

 

 

「青春は、やさしいだけじゃない。

痛い、だけでもない」

 

どちらもなるべく感じないようにしないまま、あたかもそれが正しいかのように振る舞っていた、そんな毎日は、いったいどのくらいいまの自分に影響を与えているんだろう。